よきにはからえ

おもしろきこともなき世をおもしろく、住みなすものは心なりけり

息子の独立戦争

家庭内の勢力図について語りたい。

これまでは、僕と嫁が仁義なき陣取り合戦を繰り広げる毎日であった。その歴史は長く、ロシアとアメリカの冷戦を彷彿とさせる。ところが、最近になって第三の勢力が現れた。息子(小3)である。彼は、これまで両親の属国として、完全支配のもと育ってきたが、8年の歳月を経て精神的独立を試みている。口も達者になり、自分の意思を持ち始めている。個人的には、たいへん喜ばしいことだ。だが、そこに立ちはだかるのが、我が家の女大統領である。

「わたしの言うことを聞きなさい」

プレジデント・ウーマンの口癖だ。彼女の発言は、「おまえの独立は認めない」ということ。半年くらい前までは、息子は不本意ながらも、恭順な姿勢を見せていた。だが、ここ最近になって、反逆の意思を見せるようになった。

彼の抵抗は黙秘を貫くこと。説教を喰らってる間、嫁がいない方の壁の一点を凝視し続けることで「俺は聞いてない」と意思表示するのだ。

「ちょっと、聞いてるの」

嫁のイライラメーターの水位が順調に上がってくのが手に取るようにわかる。だか、息子は「え、今なんかいった」と言うような挑発的にとぼけた顔をする。

このようなやり取りを2,3往復すると、嫁のイライラメーターは臨界点を迎える。僕の心の中では、パォーーーンと開戦の角笛が鳴る。そして、嫁は容赦なく言葉のミサイルを我が子に打ち込む。

「なんだ、その態度は」

「舐めてんのか」

「今すぐ、謝りなさい」

それでも、息子は黙秘を貫く。さらに睨みつけるように、壁のシミを凝視し続ける。静かなる徹底抗戦だ。そして、怒りが最高潮に達した時に、温めた言葉をぶつけるのだった。

「ママこそ、そうやって怒るのよくないと思う」

「てめぇ!!」

「はい、そこまで!」

僕はすかさず、仲裁に入る。カットインのタイミングは一刻を争う。少しでも遅れると、息子に平手が飛んでくるからだ。だから、一線を越えそうになったら、僕は2人の間にいつでも入れるポジショニングを取るようにしてる。こういう展開が、リアルな既視感を伴って、日々繰り広げられている。起爆剤はいつも異なるが、本質的な構造はすべて同じ。つまり、絶対に非を認めたくない息子と、絶対に非を認めさせたい嫁。宗教戦争のような信念のぶつかり合い。そして歴史のそれと同様に、根は深くて、簡単に解決しない。

そして、ぼくも試行錯誤の末に仲裁のコツがわかってきた。大事なのは、2人とも平等に扱うこと。普通に考えたら、体も小さく、反論の術も知らない子供が不利なので、そちらの肩を持ちたくなる。だがその対応は逆効果である。嫁の業火の炎をさらに燃え上がらせることになる。

「そうやって、また私を悪者にするのよ!!」

嫁が、というか世の中の大半の女性が大事にしているもの、それは共感だ。実の損害よりも、感情を蔑ろにされることが、怒りのトリガーに直結しやすい。

僕が息子側に回れば、嫁の共感者は誰もいなくなる。6歳の娘もいるが、まだ彼女にその宿命を背負わせるのは荷が重すぎる。従って、場を円満に収めるためには、どちらが悪いかに関わらず、両者に等しく、戒めの言葉をかけること。絶対に、白黒つけてはいけない。

5年後、息子が本格的な反抗期に入った時どうなるかなんて、考えるだけでも恐ろしい。