昨日まで、新入社員研修のトレーナーをしていた。講師ではなくトレーナー。ポケモン…じゃなくて新卒のワークの手伝いしたり、質問対応したりする業務だ。全然大したことはい。だが、2日間の研修が終わった後の解放感は、四天王とグリーンを倒した後に流れるエンドロールのそれに近い。
当初この打診が来た時、のっけから目の前が真っ暗になりそうだった。研修自体がめんどくさいからではない。夢と希望に満ちた若者と対峙するのが嫌だったのだ。アレルギー反応の正体は嫉妬である。新卒くん達は仕事は全くできないが、気概に満ち溢れてる。社会という名の戦場で、一旗あげてやると。そのエネルギッシュさに加えて、自由に使える金と時間もある。土日は昼まで寝てられるし、好きな時に好きなものを食べて、彼女も自由に作ることができる。つまり、彼らは人生を楽しむすべてを兼ね備えている。
かたや、僕はそのすべてを失っている。安定と世間体を手に入れるために、生贄に捧げ(られ)たのだ。その代償はあまりにも大きい。そして、今は雀の涙程度の自由時間を必死にやりくりしながら毎日を生きている。彼らを見ていると、自分がもう人生の全盛期を過ぎてしまった現実を、つきつけられる。それが新入社員研修の本質。おじさんの自己肯定感を生贄にして、新入社員を世に羽ばたかせるための場なのだ。そんな場に誰が好き好んだ行くだろうか。
ただひとつ言っておきたいのは、僕だけでなく他の中堅社員も、恐らく同じことを思っている。研修のメールループが回って来た時、だれもが「ちょっと他の業務が忙しくて」「家庭があるのでちょっと」「昨年もやったのでちょっと」とちょっとしたちょっとスパイラルが発生した。この反応を見てぼくは、自分の葛藤が、市民権を得たような気がした。だが残念ながら、僕がメールに気づいた時には、ハッピーセットのちいかわのようなスピードで、先を越されてて、半端強引にぼくがやらされることになった。
仮にこれが、求心力が高い会社であれば、新入社員をファミリーの一員として受け入れる気持ちが芽生えて、些か中和される。だが、うちのように中途採用率と離職率会社が高いクソ企業は、残念ながらそうはならない。新入社員なんて、見たくない現実を突きつける上に、仕事でも足を引っ張るお荷物でしかない。新入社員の諸君には、大変申し訳ないが、これが30代の闇なのだ。
そんな憂鬱な気持ちを逡巡させたまま、研修当日を迎えた。部屋に入ると、そこには想像通りの見たくない光景が広がっていた。パリパリのスーツを纏ったフレッシュで活きのいい若手が、ワイワイガヤガヤと談笑している。GWの旅行の話、最近できた彼氏彼女の話、先日の飲み会の話で盛り上がってる。朝一からうるさくて、すぐに全員嫌いになった。
研修中は人事部も研修講師も心なしか新入社員に厳しく当たっているように見えた。「お前らに給料に見合う価値はない」「いつまで大学生気分でいるんだ」人事部は数々の辛辣な言葉を突きつけた。なにもそこまで言わなくてもと思う反面、彼らも人であり、こちら側の人間であることを悟った。
それから、質問対応やらしてるうちに2日間の研修はあっという間に終わった。300人もの黒スーツの新卒を見渡すと、その姿はポケモンよりも働きアリに見えた。というか、実際に彼らの挙動は働きアリのそれに近かった。ガンガン自分から話して議論を回す働きアリタイプ。自らはドライブしないが、求められた時に全うな意見を言う普通アリタイプ。ずっと下を向いてて、人数合わせでしかないサボりアリタイプ。ランダム構成のグループ割であるにも関わらず、どの班にも、同じような傾向が見られて、働きアリの法則がちゃんと成立してることを肌身で感じられた。
とはいえ、2日間時間をかけて、精神をすり減らして得られた成果が、働きアリの法則の再現では全然割に合わない。と言いたいところだが、無事に苦行を成し遂げた安堵感と解放感で、これ以上は考えないことにした。そして、来年こそは「昨年もやったのでちょっと」を満を持して使ってやろうと、心に誓った。